芦屋祇園山笠が7月11日・12日、芦屋町内で行われ、LED電球で飾った山笠が夜の商店街を巡行した。
電飾山笠の発起人は芦屋町出身の徳田大輔さん。徳田さんが夜の山笠を構想したのは2000年ごろ。当時、山笠の参加者が減少し、昼間に行う子ども山笠だけでは祭りを残すことが難しくなると考え、夜市で笹山笠を運行することを関係者に提案した。当初は「芦屋には夜の山笠文化がない」という意見など、伝統を変えることへの反対があり、最初の5年ほどは提案を検討してもらえなかったという。
徳田さんは、祭りの存続には新たな参加者を増やす必要があると説明を続け、本格的な電飾山笠に先立ち、夜市で笹山笠を運行。笹山笠で実績を作ったことが、電飾山笠の実現に向けた次の一歩につながったという。年配の関係者からも、次第に「若い世代に未来を託そう」との声が上がり、実施に向けた協議が進んだ。構想から約10年を経て、2010(平成22)年に夜の電飾山笠が始まった。
初年度はクリスマス用の電飾を山笠に取り付けた。現在は前面に約200個、後方に約150個のLED電球を付け、トラック用バッテリーから電力を供給する。
立ち上げ当初は町民のほか、自衛隊員らも準備や巡行に参加した。町内からの参加者が増えるにつれ、自衛隊員らは段階的に運営から離れ、現在は町民や消防団員らを中心に運営する。
当初は女性が太鼓方を務めることも認められていなかったが、徳田さんは、祭りを残すには男女を問わず参加できる環境が必要だと考え、関係者と協議を重ねたという。現在、西部会では男女を問わず高校生以上が参加できる。
芦屋地区では東部会と西部会がそれぞれ山笠を運営する。山笠に使う「波の華」と呼ぶ飾りも参加者が手作りしており、西部会だけでも年間約850本を作るという。祭りの開催期間以外にも新聞紙などで土台を作り、折り紙を巻き付け、配布用や祝儀用、子ども用などに仕上げる。
芦屋町で生まれ育ち、子どもの頃から山笠に親しんできた、町内で飲食店を営む重留瑠璃さんは「一度地元を離れ、帰郷後に電飾山笠を初めて見た。私が知っている従来の神事としての山笠とは別のものに見えた」と振り返る。一方、現在は毎年祭りを支える立場でもあり、「伝統を残し、山笠を存続させるためには、こうした活動も必要なのでは」と話す。
徳田さんは「今は30~40代の参加者が中心になっている。自分たちは一歩下がったところから若い世代を支え、また新たな世代につないでいければ」と意欲を見せる。